死生観

2020.07.16 Thursday

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今日はエッグパンツ

変哲V

ショートジャケットを着用して出勤してきた

Wildberry店主オガワですよ。

 

朝は涼しかったもんでね。

ちょっと肌寒いかな?と思ってね。

 

私はショートジャケットをカーディガンがわりに着用することが多いです。

ちょっと袖をまくればそんなに暑苦しくもないし。

 

何よりももう初老のお年頃なので

若干の「きちんと感」がどこかにあった方が

なんとなく見苦しくないような気がして。

 

この組み合わせで出かけようとしたら

娘(頻繁に泊まりに来ている)が

「その服可愛いねえ。」と言ってくれましたよ。

 

なので、

「Wildberryのパターンはどの組み合わせをしてもよく似合うように出来ているのだよ。」

ドヤ顔で言いましたとさ。

 

 

 

髪の毛が伸びて、正味の話傷んでいるので、

毎日のシャンプーが苦痛で仕方ありません。

 

 

最近、高校時代のクラスメイトが自殺してしまったらしいという話を聞いた娘が、

生きる事と死についてものすごく深く考え込んでいる様子でしたので

 

シャワー上がりに

「髪が伸びすぎて扱いが大変なので死にたい!」

と言ってみました。

 

そうすると

「それなら、髪、切ればいいんじゃない?」

と普通に言ってきましたので

 

「髪の毛が嫌なのと死ぬは繋がらなかったんだね?」

と言いましたら

「嫌ならその嫌な要因を排除すれば良い。」

と答えましたよ。

 

「髪は女の命だっていうし、

髪切るぐらいなら死んだほうがマシ!」

と言ってみましたら

「髪の毛ひとつで命かける事なくない?」

と。

 

まさにその通りですね。

 

 

娘もはとても感受性が強いので、

自殺未遂をしたことがありました。

 

一回は職場の上司との関係性をうまく構築できなくて。

2回目は友人関係での心の傷で。

 

しかも事前に緻密に

「これなら死なない自殺未遂」

を綿密に調べ上げての遂行。

 

「ねえねえ、死にたいの?それとも死にたくないの?」

と聞くと

「死にたくない」という返事。

 

多分「私はこれだけ傷ついているんですよ」というジェスチャーだったんでしょうね。

壮大だな。

 

(笑)。。。

 

 

その度に深夜だろうとなんだろうと救急病院に呼び出されました。

その都度入院費が半端なくてねえ。。。

ICUって、入院費、高いね。。。

(一泊入院で6桁は軽いよ。往復のタクシー代も5桁は軽いよ)

 

なので、

本当に自殺を敢行してしまった旧クラスメイトに関して、

生きる事と死ぬことに関して

考えることが多くてそして深かったのではないかと思います。

 

でも、私が言った

「髪が邪魔なので死にたい!」の言葉に

何かを察したようです。

 

「これが嫌」=「死ぬ」

は自ら命を経つ理由にはならないのではないかと。

 

「これが嫌」

なら、その「嫌」を自分から排除すれば良い。

 

それはひょっとしたらものすごく困難なことかも知れません。

例えばDV夫だったり

例えばモラハラパートナーだったり

例えば毒親だったり。

例えば自分自身のマイノリティーだったり。

立ち向かって逆にもっと大きな精神的ダメージを受けるぐらいだったら

大人しく従っていたほうがまだマシ。

 

だから、排除なんてできない。

だから、死ぬ。(=諦める&逃げる)

 

自殺してしまったらしい元クラスメイトは

クラスメイトの間中でとても有名な

毒親家庭だったらしいです。

 

具体的なことはあんまり聞きませんでしたが

一つだけ聞いたのが

お母さんがダイニングテーブルの上に上がって暴れ回っていた、と。

子供に何か言うことを聞かせたくてキレたんでしょうかね?詳しいことはよくわかりませんが。

 

 

Wildberryのお客さんはもう大人な人が多いと思うので

毒親に育てられたとしてももうすでにそれを克服している人が多いんじゃないかなと思います。

 

精神的に傷つくことを恐れて、

「自分を守るために戦う」ことをやめてしまわないで欲しいなあと私は思います。

生きるための「逃げ」もあると思います。

 

娘の

1回目の自殺未遂の時に

「そんなに辛いなら仕事辞めれば良いじゃん?」

と言うと

「あ、そっか。」

と憑物が落ちたような顔になりました。

うまく関係を構築できなかった上司に認められたくて

職場、仕事に執着してしまっていたようです。

 

それからみるみる元気になってすぐに退院して帰ってきました。

 

2回目の

お友達関係のトラブル的な事象は根深いものがあるので

病院から連れ帰って毎日深夜又は早朝まで

いろいろ話を聞き

私が感じる率直な感覚を話したら

最近はそう言う風に自分が磨耗するような相手とは付き合わないようにするようになったみたいです。

 

私のそばにいたらいつも機嫌良くていつも笑顔なんですけどねえ?

 

娘は多分、普通のおうちで普通のお母さんの元に生まれたかったのではないかなと思います。

私があまりにも普通じゃない考え方、普通じゃない行動をするので。

それがコンプレックスだったのかも知れません。

 

「普通はこうでしょ」にこだわり

(私は一切そう言うのを押し付けませんでした。自由にして良いけど、それに伴って何かトラブルや困ったことがあっても自分の力で解決するんだよ、と教えて来ました。)

「普通はこうでしょ」にそぐえない自分を卑下したり否定したりすることが多かったみたいです。

 

私がいくら娘の味方をしても

「ママは私の母親だから、私の味方するに決まってるじゃん!私は世間一般の人に認められたいの!」

と怒り出す始末でしたよ。

 

まあ、

娘は娘なりのやり方(結構過激だけどな!)で

多少遠回りしても

自分のペースで成長しているんでしょうね。

 

そんな訳で、

子育ては大きくなってからの方が大変とはよく聞くけど、

本当にその通りだなと思いますよ。

 

まあ、小さい頃素直で大人しくて反抗なんかしたことがなかった娘なので

今、自己を確立する時期が遅まきながらやって来たんでしょうかね。

 

気長に見守っていきたいと思いますよ。


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